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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)698号 判決

原告

西谷陽一

被告

近江敏明

ほか三名

主文

一  被告らは原告に対し、各自九〇五万五五七〇円とこれに対する本件事故当日の昭和五一年四月二五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求は棄却する。

三  訴訟費用は十分してその四を被告らの負担、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告

「被告らは各自原告に対し、二七五三万円及びこれに対する昭和五一年四月二五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決及び仮執行の宣言

二  被告近江敏明、被告近江義友、被告近江さくよ(以下三名を「被告近江ら」と総称する。)

「原告の請求を棄却する。」との判決

三  被告伊藤実

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  (事故の発生)

昭和五一年四月二五日午後三時一〇分ころ、埼玉県上尾市大字原市三九一二番地先道路において、被告近江敏明の運転する乗用自動車(以下「被告車」という。)と訴外片桐一幸の運転する乗用自動車(以下「訴外車」という。)が衝突し、訴外車に同乗していた原告が負傷した。

2  (被告伊藤実の責任原因)

被告伊藤実は、被告車を所有して運行の用に供していた者であるから、本件事故により生じた損害の賠償責任がある。

3  (被告近江敏明の責任原因)

被告近江敏明は、自動車を運転したい欲望に駆られて被告伊藤実から被告車を借受け、運転練習をも兼ねてこれを運転していた者であるから、被告車の運行供用者として損害賠償責任があり、また本件事故は、同被告が自動車運転免許を受けていないのにかかわらず、しかも制限速度毎時四〇キロメートルを越えた毎時八〇キロメートルの速度で被告車を運転し、かつ走行中、突然道路中央線を越えて反対車線に進入したため発生したものであつて、同被告には過失があるから、不法行為者としての損害賠償責任もある。

4  (被告近江義友、同近江さくよの責任原因)

被告近江敏明は被告近江義友、同近江さくよ夫婦の子であるが、本件事故当時、満一八歳の未成年者で、被告義友、同さくよと同居しその監督に服しつつ、調理師学校に学んでいる身でありながら学習的に自動車の無免許運転をしているうちに本件事故を惹き起したのであつて、これは被告義友、同さくよの監督不十分に起因し、同被告らにも過失があるから、同被告らも不法行為者として民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

5  (原告の損害)

(一) 治療費 一一六万一三三〇円

本件事故の負傷である右眼破裂、顔面広範囲裂傷、右下第一、第二切歯欠損の傷害について、昭和五一年四月二五日から同年八月一三日まで入院し、その後約二か月半の間に九日通院して受けた治療に要した費用

(二) 付添看護費 六万三〇〇〇円

一日三〇〇〇円の割による二一日分

(三) 入院雑費 二万八〇〇〇円

一日八〇〇円の割合による三五日分

(四) 歯科補綴代 三〇万円

(五) 義眼代 四万八〇〇〇円

(六) 労働能力喪失による損害 一九四四万円

原告は昭和三一年八月四日生れで、昭和五〇年三月埼玉県立浦和工業高等学校卒業後、埼玉トヨペツト株式会社に入社し勤務している者であるが、本件事故で負傷した結果、労働基準法施行規則の身体障害等級表八級一号相当の右眼失明、一二級一三号相当の顔面線条痕による外貌に著るしい醜状形成のほか、切歯二本の欠損の後遺障害(以下併合により七級相当)が残存し、労働能力を五六パーセント相当喪失して次のとおり損害を被つた。

原告は本件事故に会わなければ、昭和五一年四月から昭和五二年三月までの一年間に合計一四六万四〇三三円の収入を得た筈であるのに、現実には一一三万九九九一円の収入しかなく、その差額三二万四〇九二円の収入減となり、その事故時における現価(ホフマン係数〇・九五二三)は三〇万八五八五円となる。また、昭和五二年四月から昭和五三年三月までの一年間は、一七七万一六三四円の収入があつた筈であるが、現実には一六二万二八四九円しか得られず、差額一九万八七八五円の事故時における現価(ホフマン係数〇・九〇九一)一三万五二六〇円の損害となつた。更に昭和五三年四月から稼働可能な六七歳時、すなわち昭和九九年三月まで四六年間についても、一八九九万九八七四円の得べかりし利益を失つた。その計算根拠を敷衍するに、昭和五一年度賃金センサスによれば、新高卒男子の平均年収は二四八万〇五〇〇円であるが、労働者調査によれば、民間主要企業の昭和五二年賃上げ率は八・八パーセント、昭和五三年度の賃上げ率は五・四パーセントであるから、昭和五一年度年収額に右各賃上げ率を順次乗じて加算した額(二八四万四五一八円)を基準とし、また労働能力喪失後における稼働可能な全期間を通じての平均減収率を三〇パーセントと修正して、右基準額に対する減収率相当額(八五万三三五六円)の四六年間の総額について、昭和五三年四月現在の価格を算出する(ホフマン式係数二二・二六四九)と一八九九万九八七四円である。

以上の合計は一九四四万円を下らない。

(七) 慰藉料 一一六五万円

入通院慰藉料四五万円、後遺障害慰藉料一一二〇万円が相当である。

6  (損害の填補)

原告は前5の(一)ないし(七)のとおり合計三二六七万円を下らない損害を被つたが、そのうち七六四万円については、自賠責保険金六二七万円及び被告らの支払をもつて填補したからその残額は二五〇三万円である。

7  (弁護士費用)

原告が、本訴を提起するについて委任した弁護士に対する報酬は二五〇万円を下らない。

8  (結び)

よつて、原告は被告ら各自に対し、二七五三万円とこれに対する本件事故発生の日である昭和五一年四月二五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告近江らの答弁

1  請求原因1の事実、同2中被告車が被告伊藤実の所有であること、同3中本件事故が被告近江敏明の過失に基づいて起きたこと及び同6主張の損害填補の点は認める。

2  同4中被告近江敏明、同近江義友及び同近江さくよの相互の身分関係、被告敏明が本件事故当時満一八歳であつたこと、は認めるが、被告義友、同さくよの監督不十分及び過失の主張については否認する。右被告は日頃、被告敏明に対し交通事故など惹起せぬよう十分注意を与えていたのであつて、被告敏明が他人に損害を加えることは予見し得なかつた。

3  請求原因5は、(二)の治療費のうち三八万八七五〇円の限度で認めるほか、その余についてはすべて知らない。

4  同7の主張額については争う。

三  被告伊藤実の答弁及び抗弁

1  請求原因1は認める。同2中被告車の被告伊藤所有の点は認めるが、同被告の運行供用者責任を争う。その余の請求原因事実については知らない。

2  被告近江敏明は、被告伊藤には断わりなく勝手に被告車を運転した。したがつて被告伊藤には運行供用者責任はない。

四  被告伊藤の抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実を否認する。被告伊藤実は被告近江敏明に被告車を貸与し、運転させたのである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1の本件事故発生については、各当事者間に争いがない。

二  被告伊藤は、被告車が自己の所有であることを認めて争わないから、被告車を運行を支配し、運行利益を享受し得べき地位にあつたのであり、したがつて、被告車の運行供用者というべきところ、同被告は、本件事故当時、被告車に対する運行供用者としての責任を負うべき地位にはなかつた旨を抗弁するので、これについて判断する。

原告と被告近江ら間において成立につき争いがなく、原告と被告伊藤との間においては、公務員の作成した文書と認められるから真正に成立したと推定すべき甲第三三、三四、三六、三七号証によれば、被告伊藤は、その所有被告車を他に譲渡してよい意向を持つていたので、被告敏明の誘いにより、被告車に被告敏明、友人の築波修一を同乗させて同車を運転し、自動車を購入したいと望んでいた佐々木昌彦宅を訪問したうえ、同人に被告車を譲渡する積りで見分させたところ、佐々木は同車を買受けたい意欲を示したが、被告伊藤に同行した築波が佐々木に試運転を勧めたのに対し、同人は未だ免許を取得してないことを理由に断つたこと、丁度その時、同車の運転席に乗込んでエンヂンを始動したりして調子を見ていた被告敏明が、同車を運転する旨申し出て、助手席に佐々木昌彦を、そして後部座席には佐々木宅に遊びに来て居合わせた高安幸男を、それぞれ同乗させて運転発進して行き、本件事故を惹起するに至つたこと、被告伊藤は被告敏明が被告車を運転する旨申し出たのについて、これを拒否することなく、同被告のなすがままにし、被告車を運転発進したのを黙認したこと、を認めることができる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定したところによれば、被告伊藤は、被告車を佐々木に売却するため、被告敏明が佐々木に代つて被告車の試運転をするにつき、これを許容したのであるから、かかる事実関係の下においては、被告伊藤が被告車に対する運行支配と利益を喪失したとは認めることはできず、依然これを保持していたというべきである。そして他に、被告伊藤が被告車の運行供用者たる地位を失つたと認めるべき証拠はない。

右のとおり、被告伊藤の抗弁は採用できないから、同被告は被告車の運行供用者として、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

三  被告敏明は、本件事故について過失のあることを認めて争わないから、不法行為者として本件事故による損害の賠償責任があることは論をまたない。

四  被告義友、同さくよが夫婦であること、被告敏明は右被告ら夫婦の子であつて、本件事故当時満一八歳であつたことについて、原告と右被告夫婦との間に争いはないから、本件事故当時、右被告夫婦は被告敏明の親権者として監護教育義務を負つていたものである。

原告は、本件事故当時未成年者であつた被告敏明が、責任能力を具有していたことを前提として、その両親たる前記被告夫婦に対して不法行為責任を問うところ、未成年者が責任能力を有する場合であつても、その監督義務者は、当該未成年者が他人に対して損害を加えることのないよう監督すべき義務があるというべきであつて、これを怠つた結果、未成年者が他人に対して違法に損害を与えた場合に、右義務懈怠と損害との間に相当因果関係の存する限り、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立すると解すべきである。

これを本件につきみるに、原告と被告義友、同さくよとの間において成立につき争いのない甲第三三、三四号証、被告敏明、同義友、同さくよ各本人の供述を合せると、被告敏明は昭和四八年一一月二九日自動二輪車運転免許を取得し、日頃、自動二輪車を運転しているものの、四輪自動車の運転資格はないにもかかわらず、昭和四八年五月ころ、父被告義友所有の自動車を同被告に無断で運転して事故を起したことがあり、その後も本件事故までに度々(一〇回以下には下らない。)自動車の無免許運転を繰返して来たのであつて、被告義友、同さくよ夫婦も、被告敏明が無免許運転をし勝であることを認識していたことが認められるところ、右認定事実と本件事故発生という事実から、被告義友、同さくよは被告敏明が無免許運転をすることのないよう教育し、監督すべき義務を怠つたことを推認することができる。右各被告ら本人の供述中には、被告義友、同さくよが、被告敏明に対し平素から無免許運転をしないよう注意していた旨の部分があるけれども、これは右認定を左右するには足りないというべきである。けだし、被告敏明がその両親たる被告義友、同さくよらの注意を受けていたにもかかわらず、度々、無免許運転を繰返し、遂には本件事故を惹起したという事実そのものが、被告義友、同さくよらの監督が十分でなかつたことの徴表というべきだからである。そうして右義務懈怠と本件事故の発生の間には相当因果関係があると認めるのを相当とする。そうだとすると、被告義友、同さくよは、本件事故について民法七〇九条の不法行為者として損害賠償責任があるといわなければならない。

五  原告の損害は以下のとおりであつて、その合計額は一四五〇万五五七〇円となる。

(一)  治療費 一一六万一三三〇円

原告と被告近江ら間において、甲第一二ないし一四、一六、一七、一九ないし二一号証の各原本の存在とその成立、及び甲第一八、二二号証の成立について争いがなく、右事実によつて原告と被告伊藤間においても同様に認められるところ、右各証拠及び原告本人の供述によれば、原告が本件事故で受けた傷害は、頭部外傷、顔部挫創、右眼球破裂及び結膜裂挫創、右下中切歯、側切歯欠損で、昭和五一年四月二五日上尾愛仁病院に入院した後、同月三〇日大宮赤十字病院に転入院して同年五月二九日まで歯欠損を除くその余の傷害の治療を受け、その後およそ二か月半の間に一二回の通院治療を受けたが、それに要した費用額は一一六万一三三〇円であると認めることができる。

(二)  付添看護費 五万二五〇〇円

前掲甲第一六号証、原告と被告近江ら間に成立に争いがなく、これにより被告伊藤との関係においても成立が認められる甲第二四、四四号証によれば、原告は重傷のため付添を必要とし、そのため原告の母西谷喜久子が原告入院中の昭和五一年四月二五日から五月一五日まで二一日間付添看護したことが認められる。この費用を一日当り二五〇〇円と認めるのが相当であるから、その総額は五万二五〇〇円となる。

(三)  入院雑費 二万一〇〇〇円

前認定の入院三五日間諸雑費を要したことは経験上明らかであるところ、その額は一日当り六〇〇円と認めるのが相当である。

(四)  歯科補綴料 三〇万円

前示のとおり、原告は本件事故で歯二本を欠損したが、原告と被告近江ら間で成立に争いがなく、被告伊藤との間においても真正に成立したと認める甲第二二、二三号証、原告本人の供述によれば、右欠損歯を補綴し、その費用三〇万円を要したことが認められる。

(五)  義眼代 四万八〇〇〇円

前掲甲第一九号証、弁論の全趣旨により原本の存在とその成立が認められる甲第四九号証及び原告本人の供述を合せると、原告は右眼球を摘出したため、義眼を必要とし、その代金として四万八〇〇〇円を支出したことが認められる。

(六)  労働能力喪失による損害 八二九万二七四〇円

前掲甲第一二ないし一四号証及び原告本人の供述を合せると、原告は本件事故による受傷で、右眼を失明し、そのため労働能力を喪失したと認められる(なお、その他に後遺症として顔面瘢痕による醜状形成のあることも認められるけれども、これによつて労働能力が喪失したとまでは認めることはできない。)。

ところで、成立につき争いのない甲第一〇号証、原告と被告近江ら間において成立に争いがなく、被告伊藤との間でも成立を認める甲第一一、五〇号証と原告本人の供述によれば、原告は昭和三一年八月四日生れで、昭和五〇年三月八日埼玉県立浦和工業高等学校機械科を卒業後、埼玉トヨペツト株式会社に入社して、自動車整備の業務に従事していたが、本件事故に会つて右眼を失明したとはいえ、昭和五一年八月一七日に復職した後も、同業務に従事し、昭和五二年一〇月には自動車整備士資格を取得しており、復職後の昭和五一年九月から昭和五二年一二月までの給与受給総額も、同経歴の同僚と比べて僅かに一三パーセント程度小額に過ぎず、それも負傷による休業後という事情と、右眼失明による不慣れとのために、残業を回避せざるを得ない事情によるものであつて、時の経過につれて、この点も克服される可能性は大であることが認められる。右事実によれば、原告は右眼失明後も収入額には大差なく、近い将来において右眼を失明しなければ得たであろう収入額に近い収入も期待されるけれども、それは右眼を失明しなければ必要としなかつた筈の特段の努力にあづかる所が大であることが容易に推認されるから、これらの事情を参酌して、原告が右眼失明によつて失つた労働能力率は、稼働可能な六七歳時までを通じて、平均二〇パーセントと認めるのが相当である。

前掲甲第五〇号証によれば、原告と同経歴の同僚の昭和五二年度における年収額は、一七一万八六一〇円であるから、原告の労働能力喪失による一年間の損害額は右金額に対する二〇パーセント相当の三四万三七二二円とするのが相当であり、これの稼働可能な六七歳まで四八年間の総額につきホフマン式計算法(係数二四・一二六三)により現価を算出すると、八二九万二七四〇円となる。これをもつて、原告の労働能力喪失による損害額というべきである。

(七)  慰藉料 四六三万円

原告の前示受傷、治療に要した入通院期間、及び右眼失明と外貌醜状残存の後遺障害(前者は後遺障害別等級表の八級一号、後者は同一二級一三号に各該当、併合で同表七級相当)等に徴し、慰藉料額を四六三万円とするのが相当である。

六  原告は、損害の填補として、自賠責保険金六二七万円の給付を受けたことを自ら陳述するところであるのみならず、右事実について被告近江らは認めて争わず、被告伊藤との関係では真正に成立したと認める甲第一五号証によつて認めることができるから、原告の前示損害額から右金額を控除すると、残額は八二三万五五七〇円である。

七  原告が本訴の提起と追行を弁護士坂根徳博に委任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、訴訟経過、認容額、その他の事情に徴し、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用額を八二万円と認めるのが相当である。

八  以上の次第で、原告の本訴請求は、九〇五万五五七〇円とこれに対する本件事故当日の昭和五一年四月二五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 真栄田哲)

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